就業規則を改定する際には「不利益変更」という問題がつきまといます。
んっ? ふ・り・え・き・へ・ん・こ・う?
なにそれ?
不利益変更とは
就業規則に記載されていることは、「合理的な労働条件が定められており」、「労働者に周知させていた」という2つの要件を満たしている場合には労働契約の内容となるとされています。
不利益変更とは、その労働契約の内容である労働条件を、労働者の不利益に変更することをいいます。
一番わかりやすい例で言うと、賃金規程を改定して賃金を引き下げるというようなケースがこれに当たります。
不利益変更には合意が必要
そもそも労働契約は合意により成立しています。なので、その内容を変更するのにも合意で行われるのが原則です。
そりゃそうですよね。合意により決めた契約内容を、どちらか一方が勝手に変更して良いわけがありません。
このことは、労働契約法8条に明確に定められています。
また、同法1条や3条1項にも、労働契約は合意により成立・締結し又は変更すべきものであることが繰り返し確認されています。
ですので、労働契約の内容である就業規則を不利益に変更する場合も、合意が必要となります。
このことは、労働契約法9条に明記されています。
したがって、先ほどの【賃金規程を改定して賃金を引き下げる】ことも、労働者との合意があれば可能となります。
ちなみに不利益変更は、現実の不利益の有無は問わず、不利益となる可能性がある場合も該当するとされています。
例えば、成果主義を導入する場合などは、これによりいきなり賃金が下がるわけではないとしても、成果次第で賃金が下がる可能性があるので、不利益変更に該当するとされています。
合意がなくても不利益変更が認められることもある
このように、就業規則の不利益変更は「合意」がその原則となるわけですが、例外として「合意」が無くても認められる場合があることも規定されています。
この条文は、有名な二つの判例(秋北バス事件と第四銀行事件)の判断要素と判断手法がほぼそのまま立法化されたものであり、次に挙げる5つの要素を考慮した結果が合理的であると判断される場合は、合意が無くてもその不利益変更は認められるとするものです。
なぜ、法律はこのような例外を設けたのでしょう。
それは、わが国においては解雇権が強く制約されていることと無縁ではないと考えられます。
終身雇用制等による長期雇用が前提となっている社会において、解雇とは、労働契約においてのすべての権利を奪うことを意味します。対して、労働条件の不利益変更は一部の権利を奪うにとどまります。
経営不振に陥って二進も三進もいかなくなった会社にとって、解雇権を制約され、かつ、長期雇用の間に起こりうる情勢の変化に応じて賃金引下げ等の不利益変更を行うことさえも禁じられてしまうと、万事休すとなってしまいます。
その結果、会社がつぶれてしまえば従業員も路頭に迷うことになり誰も救われません。
これを避ける意味からも、先の5つの考慮要素に合理性があることを条件に不利益変更を認める例外規定を設けたと考えられます。
それでもやはり合意はとるべき
では、労働契約法10条を根拠に、合意することなく不利益変更を行ったとします。
この不利益変更が合理的であれば問題ないわけですが、さて、合理的であるか否かは誰が判断するのでしょう。
会社? であるはずはないですよね。それで済むなら苦労はしません。
では労働者? それも違います。
万が一争いになってしまったときに、これを判断できるのは司法の場のみ。
そう、つまり、裁判をやらないことには合理的であるか否かはわからないのです。
裁判をやって、もし認められなければたいへんです。
そんな一か八かに賭けられますか?
よって、やはり合意を取ることが賢明なのです。
合意の取り方にも細心の注意を
合意を取る際に注意したいのは、「黙示の同意」で足りるのかという点です。
例えば、次のようなケースは割とよく見受けられます。
これが「黙示の同意」といえるかどうかについては、多くの争いがあり、裁判所は黙示の同意とは認めない傾向にあります。
したがって、会社としては「明確な同意を得る」こと、そして、言った・言わないの問題とならないように「同意書等の文書に残す」ことが肝要です。
なお、この場合の同意は従業員一人一人から個別に取り付ける必要があります。
仮に一部の従業員から同意を取ることができなかったとしても、他のほとんどの従業員からは同意を取れているのであれば、合理的であると認められる重要なポイントとなりえます。
また、変更内容や変更の必要性などをきちんと説明したうえで同意を取り付けることも重要です。
これが不完全であったために、同意書があったにもかかわらず裁判でその同意書が無効であるとされた事例もあるので注意が必要です。
不利益変更を必要以上に恐れることはない
不利益変更を必要以上に怖れることはないかと思います。
怖れ過ぎては、就業規則の改定は、ほぼ行えないことになってしまいます。
実際に、社会情勢や経営状況の変化などによって、労働条件の不利益変更を行わなければならない場面というのは少なからず生じますから、不利益変更を怖れていては事が進みません。
前述の通り、解雇が従業員から全ての権利を奪うものであるのに比べて、労働条件の不利益変更は権利の一部を奪うに過ぎません。
よって、解雇案件に比べれば、不利益変更で訴訟となるケースは意外なほど少ないのです。
その意味からも、不利益変更を怖れすぎる必要はないかと思います。
だからといって、労働契約法10条をもとに、合意なく断行することはやはり得策ではありません。
大切なのは、とにかく同意を取ること。
そのためには、先に挙げた5つの要素を熟考し、労使間の利益のバランスの取れた変更を行うという視点を忘れてはならないでしょう。
間違っても、労使間の信頼関係を損ねるようなバランスの悪い不利益変更は避けるべきです。
そうして信頼関係を維持できてさえいれば、業績が回復した暁には、ふたたび元の労働条件に戻すことだって可能なのです。
解雇の場合は、その目はもうありません。
就業規則は最初が肝心
最後に大事なことをもう一つ。
就業規則の不利益変更の問題が生じるのは、すでに会社に存在する就業規則の規定の変更と追加に限られ、新たに作成する場合は生じえないと考えられます。(別の学説もあります)
先ほど、社会情勢や経営状況の変化などによって、労働条件の不利益変更を行わなければならない場面というのは少なからず生じると書きました。
このようにやむを得ない場面は仕方ないとして、それ以外での不利益変更はできる限り避けるべきであることは言うまでもありません。
なので、就業規則を最初に作成する時から、自社の考えや仕組みにマッチした高い精度が求められることになります。
最初に精度の高い就業規則を作成しておけば、不利益変更する必要が生じることはゼロではないとしてもかなり抑えられます。
当事務所では『簡易就業規則』といった類のものには対応しておりませんが、それは、「とりあえず」や「簡易に」といった拙速な作成をしてしまうと、不利益変更の問題が障壁となって、後から改定したくてもできないという取り返しがつかない事態となるリスクがあるからです。
モデル就業規則も、また然りです。