「名ばかり管理職」-
広く世に定着した言葉ですが法律上の言葉ではありません。
この言葉が使われるようになったのは、平成20年1月に下された判決(いわゆる「日本マクドナルド事件」)が、世間の注目を集めたことに始まります。
私自身、顧問先さんとの会話の中であるいはセミナーの際などに、普通に「名ばかり管理職」という言葉を使っています。
でも、実のところ、顧問先さんにしてもセミナー受講者の方たちにしても、言葉としては知っていても、その内容については”いま一つピンときていないのでは?”と感じられることも多々あります。
「名ばかり管理職」とは、どういうことをいうのでしょう?
そして、何が問題なのでしょう?
日本マクドナルド事件の概要
では先ず、「名ばかり管理職」という言葉を世に広めた日本マクドナルド事件の概要を見てみましょう。
管理職には残業代は要らないという誤解
日本マクドナルド事件の判決が出た当時、心底驚かれたという方は結構多かったのではないでしょうか。
管理職には残業代を支払わなくてもよい-
そのような認識が、まるで都市伝説のように世の中にまことしやかに広まっていたからです。
でも、この認識は正しくありません。
労働基準法41条では、「監督若しくは管理の地位にある者」(これを、管理監督者という)に該当する者は、労基法上の労働時間・休憩・休日に関する規定を適用しないとされています。
つまり、管理監督者に該当すれば、時間外労働や休日労働に対する割増賃金(残業代)の支払いが不要となります。(深夜割増は必要)
しかし、ここでとても重要なことは、労働基準法41条の管理監督者と世間で言う「管理職」はイコールではないということです。
なのに、世の中が勝手にこれをイコールだと誤って認識してしまっていたのです。
大事なことなので、もう一度言いますね。
あなたの会社の管理職である「部長」や「課長」は、必ずしも労基法41条の管理監督者には該当しません。
管理監督者に該当しないということは、労基法上の労働時間・休憩・休日に関する規定はそのまま普通に適用されます。
つまり、この場合は、あなたの会社の「部長」や「課長」には、時間外労働や休日労働に対する割増賃金(残業代)を支払わなければならないことになります。
このような名ばかりの管理監督者のことを「名ばかり管理職」というわけです。
労働基準法41条の「管理監督者」とは
管理監督者に該当するか否かは、以下のような事項から総合的に判断されます。
日本マクドナルド事件も、下記①~③の内容を総合的に判断して、法41条の管理監督者には当たらないと裁判所が判断したわけです。
青文字は、厚労省「労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために」より
① 職務内容、責任、権限について
② 勤務態様について
③ 待遇について
「名ばかり管理職」の労働基準監督署対策
管理監督者に該当するか否かの基準は上記の通りですが、ご覧の通り数値で表せられるような誰が見てもぶれなく判断できるような基準ではありません。
よって、「何を」という部分はわかるとしても「どの程度まで」やれば管理監督者として認められるのかについては、明確には判断が付けにくいと言えるでしょう。
労働基準監督署は、法違反があれば会社に対して是正勧告書を発することができます。
是正勧告書を発せられた場合は、法違反を是正し、その旨を是正報告書として労基署に提出することとなります。
ただし、管理監督者に該当するか否かについては、前述の通り判断が難しいこともあり、明確に法違反と言い切ることもまた困難です。
よって、是正勧告書が発せられるケースはあまり多くなく、むしろ指導票により改善を促されるケースが多いように思われます。
指導票とは、明確に法違反とは言い切れないが改善することが望ましいと判断された場合に発せられます。
明確な法違反があるわけではないとはいえ、改善できる部分は改善すべきでしょう。
「名ばかり管理職」の訴訟対策
管理監督者に該当するか否かを巡る裁判例は、日本マクドナルド事件以前からも数多くありました。
日本マクドナルド事件が「名ばかり管理職」という言葉を生み注目を浴びたことで、それ以降もこの問題を巡る裁判は数多く行われてきています。
日本マクドナルド事件がそうであったように、裁判となった場合は、会社側にとってかなり厳しい判断がされる傾向にあります。
よって、会社側が勝てるケースはそう多くはありません。
つまり、“訴えられたら負け”というケースが非常に多いのです。
管理監督者として認められなかったら
管理監督者として認められなかった場合はどうなるのでしょうか。
この場合は、労基法上の労働時間・休憩・休日に関する規定が、他の一般の従業員と同様に適用されることになります。
つまり、時間外労働や休日労働に対する割増賃金(残業代)の支払いが必要となります。
裁判ともなれば、2年分(2020年4月1日以降に支払日が到来する賃金については3年分)まで遡って支払うよう求められるでしょう。
その額は、遅延損害金と付加金により3倍程度に膨れ上がることさえあります。
さらに問題となるのが、管理職手当(役職手当)の扱いです。
これを残業代の代わりとして支給していたと主張するためには、「残業代相当分として支払う旨の就業規則等への明記」や「通常の賃金部分と残業代相当部分の金額の区別の明記」などが必要とされています。
よって、それらの明記のない管理職手当は、あくまでも地位、職務内容、責任、権限に対する対価として支払うものであって、残業代として支払ったものではないとされてしまいます。
結果として、未払残業代の金額は1円たりとも残業代を支払っていないものとして算出しなければならず、しかもその計算にあたっては管理職手当も算定額に組み入れなければならないのでその分だけ残業単価が高くなります。
このように、まさにダブルパンチともいえる負担を課せられることとなるのです。
「名ばかり管理職」問題の本質
冒頭で、今では多くの方たちに「名ばかり管理職」という言葉が広まってはいるけれど、その内容については”いま一つピンときていないのでは?”と感じられることが多いと書きました。
法律上の管理監督者と世間で言う「管理職」はイコールではないにもかかわらず、管理職であれば残業代を支払わなくてもよいという誤った認識は、経営サイドにも労働者サイドにもまだまだ根強く残っているのです。
もし裁判にでもなれば、多額の支払いを科せられるケースが多いことは見てきた通りです。
なので、いつまでも誤った認識のままでいることは極めて危険なことでしょう。
ただし、「名ばかり管理職」の問題は残業代という側面だけで捉えるべきではありません。
深刻に考えなければいけないことは、労働時間・休憩・休日に関する規定を適用しないことにより長時間労働が常態化してしまうことです。
長時間労働の常態化による心身の疲労の蓄積は、生産性の低下となって結局は業績に跳ね返ってくることにもなるでしょう。そして何よりも不慮の事故や疾病、過労死などを招きかねません。
管理職になったからといって、鋼の心と体を手に入れるわけではないのですから、いくらでも働かせていいわけはありません。
「名ばかり管理職」問題の本質は、健康管理にあるのです。
現に法律は、2019年4月より、健康管理の観点から管理監督者に対しても労働時間の状況を客観的に把握することを会社に義務付けています。