マイカー通勤中の事故の責任を会社は負うのか?

マイカー通勤中の事故の責任を会社は負うのか人事労務管理

従業員がマイカー通勤中に人身事故や物損事故を起こしてしまった場合、会社にも責任が生じるものなのでしょうか?

えっ? なに言ってるの? 
事故を起こしたのは従業員でしょ? マイカーでしょ? しかも通勤中でしょ?
そんなの、会社に責任があるわけないよね。

こう考えてしまうのは早合点。

実は、マイカー通勤中の事故でも、会社に損害賠償責任が及ぶケースはあるのです。

死亡交通事故ともなれば、その損害賠償額は想像以上の高額となるケースも多く、会社が支払わなければならなくなった場合は、まさに会社の存亡にかかわる問題となりかねません。
なんの対策も取ってなければ、たいへんなことになってしまいます。

運行供用者責任と使用者責任

交通事故による損害賠償責任の所在は下記のとおり3つの法的根拠に基づき判断されます。

運転者の責任(民法709条)
  • 事故を起こした従業員は直接の加害者として損害賠償義務を負います。
使用者の責任(民法715条)
  • 従業員が使用者の業務を執行するにあたって起こした事故は、使用者責任として会社が損害賠償義務を負います。
    ただし、使用者が従業員の選任とその事業の監督について相当の注意をしていた場合は、この限りではありません。
運行供用者の責任(自賠責保険法3条)
  • 自己のために自動車を運行の用に供する者(=運行供用者)は、運行によって起こした人身事故について損害賠償義務を負います。
    運行供用者とは、その自動車の使用について支配権(運行支配)を有し、かつ、運行により利益(運行利益)を得る者をいいます。

上記の通り、交通事故の被害者は、通常は民法709条を根拠として、その直接の加害者(運転者)に対して損害賠償を請求します。

しかし、運転者が任意保険に加入していないなどの理由で支払能力がない場合は、民法715条や自賠責法3条を根拠として、勤務先に対して使用者責任や運行供用者責任を求めて損害賠償を請求することもあり得ます。

マイカー通勤中の事故は、業務とは関係ないし会社の車でもないので、使用者責任や運行供用者責任を求められることはないと考えがちです。
が、判例では、これらの責任を会社に求めたものも少なくないのです。

会社の責任を問われるケース・問われないケース

マイカーが純粋に通勤目的のみに利用されていて、業務には一切使用していない場合であれば、原則として会社の責任が問われることはないと言えます。

逆に言えば、マイカーを業務に使用している場合は、マイカーでの通勤途中の事故について、会社の責任が問われる可能性が高まるということです。
この場合、会社がマイカーを積極的に会社の業務に使用させている場合はもちろん、従業員が個人的な考えから業務に使用する場合や、原則禁止としていながらも業務使用を黙認していたような場合も含まれるので注意が必要です。

また、マイカーを業務に使用していない場合であっても、会社がマイカー通勤を推奨していたり、マイカー通勤手当を支給していたり、会社の駐車場を利用させたりする場合にも、業務と密接に関連していると判断され、会社の責任が問われる場合があります。

参考までに、いくつかの判例を挙げておきます。

使用者責任「あり」とした例

マイカー通勤の途上で事故を起こしたが、会社はマイカー通勤を認めており、さらにマイカー通勤手当を支給していたため、通勤は業務の一部を構成するものとして判断され、会社に使用者責任を認めた。(福岡地裁 平10.8.5判決)

運行供用者責任「あり」とした例

マイカー通勤の途上で事故を起こしたが、そのマイカーは会社の業務にも相当利用され、会社もこれを黙認しガレージやチケットの利用など便宜を供与していたものと認められるとして、会社に運行供用者責任を認めた。(大阪地裁 昭49.3.28判決)

使用者責任「なし」とした例

交通誘導業務の通勤途上で事故を起こしたが、会社は現場への直行直帰を認めており、業務の前後で会社において業務又はこれに密接に関連することを行うことは予定されていなかったこと、交通誘導業務にマイカーの利用が必要とされる事情がないこと、公共交通機関で現場に行くことも可能であったこと、会社がマイカー通勤を命じたり、これを助長するような行為をしていないことから、事業の執行についてなされたものとはいえないとして、会社の使用者責任を認めなかった。(東京地裁 平27.4.14判決)

運行供用者責任「なし」とした例

マイカー通勤の途上で事故を起こしたが、会社は駐車場を第三者から借りて使用させていたが、駐車料金は利用者に分担して負担させており、また、会社は日頃からそのマイカーを社用に利用したこともなく、燃料費や維持費を支給したこともなかった。
そのため、そのマイカーに対して運行支配や運行利益があったとはいえないとして、会社の運行供用者責任を認めなかった。(鹿児島地裁 昭53.10.26判決)

どのような対策を取ればいいのか

前述の通り、交通事故の責任は、先ずは民法709条により運転者が負うことになります。
よって、通勤で使うマイカーが全て十分な補償内容の任意保険に加入していれば、被害者への損害賠償はその保険で賄われるわけですから、会社に対する損害賠償請求が行われることはありません。

では、通勤で使うすべてのマイカーを任意保険に加入させるにはどうしたらよいでしょうか。
社有車であれば会社がコントロールできますが、従業員のマイカーの保険加入についてまでは会社のコントロールが及ばないことも考えられます。

そこで、“許可制”です。
マイカー通勤を原則禁止としたうえで許可制とし、許可の条件として対人・対物無制限等の十分な補償内容の任意保険加入を義務付けるわけです。
この許可制が正しく機能している限り、事故を起こした本人に代わって会社が損害賠償請求されるということは防げると考えられます。

許可制とはつまり、任意保険の加入状況を逐一チェックする仕組みなのです。

ますます高まるマイカー通勤規程の役割

ここで問題となるのは、無許可でマイカー通勤をする者が現れた場合です。
もちろん、たとえ無許可であっても十分な補償内容の任意保険に加入していれば、被害者への損害賠償についてはやはり大きな問題となることはありません。
でも、無許可である以上、十分な補償内容の任意保険に加入しているかどうかを事前に会社が知る術はないのです。

だからと言って、マイカー通勤を全面禁止にすることは、公共交通機関が発達している都心部以外では現実的とは言えないでしょう。
仮に全面禁止にしても、会社に内緒でマイカー通勤をする者は必ず現れます。
そして、それは遅かれ早かれ、何らかの方法で会社の知るところとなります。
それを黙認してしまえば、会社がマイカー通勤を認めているものと判断されてしまうことは判例により示されています。

であるならば、非現実的な「全面禁止」よりも、「原則禁止。ただし、許可制とする」とした方が得策ではないでしょうか。

この「原則禁止。ただし、許可制とする」をマイカー通勤規程に定めましょう。

その規程に則って、許可制を会社が正しく運用しているのであれば、無許可の者の事故の責任までをも会社が問われる可能性は、かなり減少するのではないかと考えられます。(もちろん黙認はダメです)
また、“原則禁止”としたうえでの従業員からの申請に基づく許可制とすることで、会社が運行利益を得ていないことを主張することもできるでしょう。

そして、何よりも、規程をきちんと定め、これを正しく運用していくことは、それだけでも会社は相当の注意を果たしていたとされ、会社の責任を問われる可能性を減らすことにもつながります。

冒頭で述べた通り、死亡交通事故の損害賠償額は想像以上の高額となるケースも多く、会社が支払わなければならなくなった場合は、まさに会社の存亡にかかわる問題となりかねません。
しっかりと対策を取っておきましょう。