働き方改革の一環として『同一労働同一賃金』に関する法律が改正され、大企業では2020年(令和2年)4月から、中小企業では2021年(令和3年)4月から施行されています。
ここでいう中小企業とは、次の表のとおり「資本金の額または出資の総額」と「常時使用する労働者数」のいずれかが表中の基準に該当するものを言います。
また、事業場単位ではなく企業単位であることに留意する必要があります。
業種 | 資本金の額 または出資の総額 |
または | 常時使用する 労働者 |
---|---|---|---|
小売業 | 5,000万円以下 | または | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | または | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | または | 100人以下 |
その他 (製造業、建設業、 運輸業、その他) |
3億円以下 | または | 300人以下 |
働き方改革の中で、中小企業事業主にとっておそらくは最も対応に苦慮するであろう『同一労働同一賃金』
何が、どのように難しいのか?
その内容を見ていきましょう。
同一労働同一賃金とは
『同一労働同一賃金」とは、「同一の労働」をしているのなら「同一の賃金」が支払われて然るべきという考え方です。
政府は、この考えを推し進める目的として次のようなことを挙げています。
このように『同一労働同一賃金』とは、「正規雇用労働者」と「非正規雇用労働者」との間に不合理な待遇差があるのであれば、「非正規雇用労働者」の待遇を改善することでそれを解消しようとするものなのです。
なお、「正規雇用労働者」と「非正規雇用労働者」は次のように区分されます。
「正規雇用労働者」とは、「無期雇用、かつ、フルタイム」の者を言います。
よって、正社員がこれに当たります。
ただ、例えばフルタイムの有期契約者を無期転換させたケースなどでは、正社員以外でも「正規雇用労働者」に該当することになりますから注意が必要です。
同一労働同一賃金は全く新しい概念ではない
『同一労働同一賃金』という考え方は、突然降って湧いたような新しい概念ではなく、欧米では当たり前のように浸透している考え方です。
既に我が国においても、労働契約法20条に有期労働者の不合理な労働条件の禁止が定められていましたし、パートタイム労働法にもパート労働者の不合理な待遇の禁止が定められていました。
このように、『同一労働同一賃金』は全く新しい考え方というわけではないのです。
でも、それが広く浸透していたとは言い難く、企業としても実務的に何をどう対応すればよいのかよくわからなかったというのが実情でした。
その原因の一つとしては、パートタイム労働法が裁判規範(裁判官が紛争解決のために従うべき規則)としての意味と同時に行政上の履行確保措置としての意味を持っていたのに対して、労働契約法は裁判規範としての意味しか持たないなど、二つの法律の間に機能の違い― あるいは温度差のようなもの ―があったことが挙げられるでしょう。
そこで今般の法改正です。
裁判規範のみであった労働契約法20条を削除したうえでパートタイム労働法に統合し、パート労働者と同様に有期雇用労働者に対しても行政上の履行確保措置としての機能を持たせたのです。
これに伴い法律の名称も『短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律』と改められました。
略して『パートタイム・有期雇用労働法』(以下、「パート有期法」という)と呼ばれますが、個人的には正式な名称の方がより内容が伝わりやすいように思います。
いずれにしても、この法改正により、「短時間労働者と有期雇用労働者の雇用管理の改善」が企業にとって喫緊の課題となったわけです。
均等待遇と均衡待遇
『同一労働同一賃金』とは法律の名称でもありませんし、条文の中にもそうした文言はどこにも出てきません。
にもかかわらず、言葉だけが独り歩きしてしまっているようで、「正規雇用者と非正規雇用者の賃金を同額にしなければならない」と思っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
しかし、パート有期法における『同一労働同一賃金』とは、単純に賃金を同一にするということではありません。
その考えを示すのが、均等待遇と均衡待遇という言葉です。
均等待遇とは、非正規雇用労働者が正規雇用労働者と「同一労働」なのであれば、賃金等の待遇を同一にしなければならないということです。
一般的な『同一労働同一賃金』のイメージがこれに当たるでしょう。
一方、均衡待遇とは、非正規雇用労働者が正規雇用労働者と「同一労働でない」のならであれば、その違いに応じて賃金等の待遇をバランスの取れたものにしなければならないということであって、同一にしなければならないわけではありません。
また、「同一労働」という部分も、単純に「同じ仕事」という見方をするわけでなく、「職務内容」、「職務内容と配置の変更の範囲」といったものを見て判断していくことになります
職務の内容、職務の内容と配置の変更の範囲
例えば正社員のAさんとパートのBさんがいるとしましょう。
ふたりはどちらも販売員です。
この場合は、単純に「どちらも販売員=同一労働」と捉えるのではありません。
「職務内容」としてAさんとBさんの業務の内容と責任の度合いを精査し、「職務の内容と配置の変更の範囲」として転勤や職種変更あるいは昇進などについて精査します。
そのうえで両者の待遇を比較し、不合理な待遇となっていないか差別的な取り扱いとなっていないかを判断しなければならないのです。
さらに、均衡待遇においては「その他の事情」も考慮しなければなりません。
これは例えば、定年後再雇用の場合などが想定されます。
どうでしょう?
実務的には非常に難しい作業になるのではないでしょうか?
このページの冒頭で “中小企業事業主にとっておそらくは最も対応に苦慮するであろう” と書いたのはそのためです。
待遇差を解消するのは賃金だけではない
不合理な待遇となっていないか、差別的な取り扱いとなっていないかを見ていくときに、更に困難を極めてゆくであろうことがあります。
それは、「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて」比較していかなければならないということです。
これにより、ざっくりと賃金の総額で比較をするのではなく、例えば、基本給を比較したときには不合理と言える差がなくても、住宅手当を比較したときに不合理であるという場合は、住宅手当について見直しが求められることになります。
また、待遇差を解消しなければならないのは賃金だけでなく休職、慶弔休暇等の法定外休暇、休憩室・更衣室等の福利厚生施設、社宅・社員寮といったものも対象とされます。
こうなってくると、中小企業にとっては益々手に負えない状態となってしまうでしょう。
同一労働同一賃金に違反するとどうなるのか
均衡待遇(パート有期法8条)と均等待遇(パート有期法9条)に違反しても罰則はありません。
なぁんだ、じゃあ放って置いても大丈夫じゃないか。
いえ、いえ、そうではありません。
パート有期法に違反した場合は、行政からの、報告徴収、助言、指導、勧告の対象となり得るとされています。
また、勧告に従わなかった場合は、企業名を公表される可能性があるとされています。(9条違反の場合。8条違反は公表無し)
更に、裁判外紛争解決手続き(行政ADR)の規定も整備されています。
裁判外紛争解決手続きとは、文字通り裁判をせずに紛争を解決しようとする仕組み。
労働局ではこれを無料・非公開で行うとされており、しかも裁判よりも短期間で決着します。
このような行政上の履行確保措置の規定は、少なくとも従前の労働契約法20条には無かったものです。
罰則がないからと高を括ると痛い目にあいかねません。。
しかし、企業にとって怖いのは、このような行政上の履行確保措置よりも、従業員からの訴訟リスクです。
同一労働同一賃金をめぐっては、これまでにも幾多の裁判が繰り広げられてきました。
もっとも代表的なものはハマキョウレックス事件で、有期雇用労働者の各種手当が労働契約法20条に定める均衡待遇に抵触するとして最高裁まで争われたものです。
今般改正されたパート有期法の改正において、この最高裁判決が重要な意義を持つことは間違いありません。
パート有期法の改正により、こうした訴訟が増えることは十分に予想できます。
企業としては、対策を怠ると命取りともなりかねないのです。
必ず見よう『同一労働同一賃金ガイドライン』
ここまで見てきても、まだ、企業として何をどうすればいいのか、なかなか理解しづらいのではないかと思われます。
だからといって、何もしないでいると裁判に訴えられることもあると聞けば、もうホントに困ってしまいますよね。
そこでお勧めしたいのは、厚労省が2018年(平成30年)12月に発表した『同一労働同一賃金ガイドライン』です。
ここには、基本給、諸手当、賞与、福利厚生等について、「問題となる例」と「問題とならない例」が紹介されています。
残念ながら、その例示にバリエーションが乏しく、また、「住宅手当」や「扶養手当」など比較的支給事例の多いであろう手当については全く触れられてはいません。
それでも、何から手を付けていいのかわからない企業にとっては、かなりの助けになるものと思われます。
なお、この『ガイドライン』に違反した場合も、行政からの指導等の対象となりえます。
また、裁判所も『ガイドライン』を踏まえた判断を行うことが十分に考えられます。
その意味からも『ガイドライン』は全ての企業が必ず目を通すべきものだと言えるでしょう。
待遇の説明義務がカギを握る
今般の法改正により新たに定められたルールとして、非正規雇用労働者から求められた場合に、正雇用労働者との間の待遇の相違の内容や理由について説明しなければならないというものがあります。(パート有期法14条)
法が求めているのは「説明の義務」であって、その説明により非正規雇用労働者を「納得させること」まで求めているわけではありません。
しかし、納得させることができなければ、行政ADRや訴訟のリスクは当然に高まります。
逆に言えば、きちんと説明して、ある程度の納得を得られれば、こうしたリスクは格段に減ることとなります。
その意味から、『同一労働同一賃金』の実務において、大きなカギを握るのがこの待遇の説明義務であると言えるでしょう。
まとめ
『同一労働同一賃金』の全体像を知っていただきたくて、ここまで書いてきましたが、論点が多くてまとめきるのに正直苦労しました。
それぞれの論点については、また別の機会に紹介したいと思います。